ぼっち主婦のナゾの生態

息子を育てるぼっち主婦のあんなことやこんなこと。

【雑記】わたしはやはり生粋のぼっち

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お誘い、断りました。

適当に都合をつけて。

別に仲が良いわけじゃない。

とはいえ毒にもなるわけでもない。

 

そんな存在の私をみんなは優しいので、仲間に入れてくれてるわけだけど。

そんなに会いたいわけじゃないだろうし…。

行きたくないし、電車が困るし…。

 

だから断ってすっきりすると思ったけど、それもそれで、あああああああぉあああ感じ悪かったかなぁあぉあああ興ざめさせてしまったかなあああぁせっかく誘ってくれたのに、会いたくない感を出しすぎてしまったか…???と悶々としています。

 

誘いに乗っても断っても地獄。

 

もう私は誰とも関わらずひっそり生きるのが好きみたいだし、性に合っている。

 

頑張った時期もあった。

でも私、ひとつの環境が終わるとその環境の友達とは交流途絶えちゃうタイプで。

 

高校時代3年間ずっと一緒にいた子と、高校卒業後1回も連絡とってないし、専門学校、職場と色んな場所を渡り歩いてきたけど、残った人間関係は元職場の同期達くらい。

 

思えば小学生の頃から、放課後はひとりで遊ぶことが多かった。

もちろん友達と遊ぶ事もあったけど、ひとりで遊んでた記憶の方が多い。

 

それも別に寂しかったり悲しかったりはまったくなかった。不思議なことに。

 

ひとりで図書館の好きな本を読み、児童館で遊びまわっていた。

わたしは双子の姉がいるけど、姉と遊んだ記憶もほとんどない。

 

なぜなら姉は、美人でいわゆる学校のヒエラルキーは上の方。友達も狭く深く。友達が寄ってくるタイプ。

 

二卵性なので似てないし、姉が親の遺伝子の最高傑作としたら、私は悪いところの詰め合わせセット。

ヒエラルキーはもちろん下である。

 

でも仲悪いわけじゃないし、私は姉を親友だと思っている。

あと姉がいるので友達作る必要性をあまり感じてない感じだった。

 

幼稚園かな?小学校低学年かな?

一回だけ先生に友達が少ないことを指摘されたことがある。

たぶん、成績表だか連絡帳かに先生にそう書かれていた模様。

 

私の親はそれでも友達つくりなさい!とかは全く言わなかった。

なぜ書かれたことを私が知っているのかというと、叔母さんに言われたからだ。

 

「友達作らなきゃだめよ」と。

 

この人生で一回しか言われなかったけど、それも叔母さんだけど、それでも今も覚えてるくらい衝撃的だった。

私は友達がいないダメな子…って思い悩んだかどうかは覚えてないけど、もし親にたくさん言われたらそう思ってたと思う。

 

器量の悪い私のことも、器量のめちゃ良い姉の事も本当に平等に愛してくれて、友達がいない私のことを認めてくれた親には本当に感謝している。

 

 

中学校にあがると、女子的なグループがはじまる。

私は要領は悪くないし、毒にならないタイプなので、グループに居座りつつ、それなりに快適な中学、高校生活を送れた。良い学校だった。

 

人気者にならなきゃ、という願望が支配したこともあったけど、

今はやっぱりこうやって狭い落ち着く人間関係の中で、ひとりでいるのがサイコー。

 

わたしは生粋のぼっち好きなんだな、と思う。

 

息子のことが始まるとそうも言ってられないだろうけど、今はまだお友達と遊んだりってことはないし、これからどんなつき合いが待ってるか分からないけど、もうしばらく私はぼっちを楽しむ所存である。

 

 

いいんだよ、わたし。それでいいんだよ。